「頭のいい人」が良いというわけじゃないけど
こんにちは。
職場やSNSなどで好ましい人と好ましくない人がいるとおもいますが、それを分けるものってなんなんだろうなとふと考えました。
なんとなく、頭がいい人って好ましいというのを思っていたんですが、もう少し考えると頭の良さが直接的に良いというわけではないなと思いました。
そのことについて書いてみようと思います。ただの雑記なのでダラダラ書きます。
どういう人が好ましいのか
人として好ましいと思う人の種類って私にとって二通りあるなと思います。
①他人に嫌なことをしない人
②他人のためになる行動ができる人
です。
①他人に嫌なことをしない人
他人に嫌なことをする人は嫌いです。当たり前です。
嫌なことをする対象が自分ではなかったとしても、たとえば仕事で嫌な言い方をする人、あいつは仕事ができないなどの他人の悪口・陰口を言う人、他人の知られたくない秘密をわざわざ他の人に話す人、X(旧Twitter)で自分と異なる意見を持つ人に誹謗中傷する人。。。etc.
他人に嫌なことをする人は、その相手以外の周りにいる人にも嫌な印象を与えます。
なぜかというと、多分、周りにいる人にとっても環境が悪くなるからです。
職場に嫌なことを言う人がいれば、職場での居心地が悪くなる、職場の人の悪口を話す人と一緒にいると悪口の同調を促されて嫌な気分になる、Xで誹謗中傷する人はXの治安を悪くする。。。etc.
特定の他人に嫌なことをすることで、その他の周辺の人たちも嫌な気分にさせてしまう、これを客観的に理解することができて嫌なことをしない人はとても好ましいと思います。
②他人のためになる行動ができる人
他人のためになる行動ができる人は素晴らしいです。
職場で後輩に役立つ知識を教えてあげられる、落ち込んでいる同僚を励ますことができる、他の人にも同じことができるようにマニュアルを整える、正しい知識を広めることができる。。。etc.
これも①と近い話で、これができる人は周囲の人にとって環境を良くする人です。
頭がいいことは何につながるか
前述の①②を満たすには、自分の行動が他人に与える影響を理解でき、その上で自分がすべきことを選択して行動する能力があることが条件になるように思いますが、これができる人は勉強や仕事ができる、いわゆる「頭のいい人」である確率が高いように思います。(自分がやるべきことを理解して自発的に学んだりすることができるから)
もちろん仮に勉強ができなかったり仕事のスキルが低かったりしても、卑屈にならずに自分で調べたり、自分が間違えやすい作業のマニュアルを作ったり、他人を励ましたりすることができる人は十分に好ましい人だと思います。
とはいえ、勉強ができたり仕事のスキルが高い人は、さらに高度に他人を助けられるようなマニュアルを整備したり、他人を助ける仕組みを作ったりすることができるかもしれません。なのでより好ましく感じられる機会が多いと思います。
だから、必ずしも頭がいい人だけが好ましいわけではないけれど、頭がいい人の方が好ましいと思われる要素を持つ機会に恵まれやすい、というのが私の考えです。
終わりに
私は入社難易度がかなり異なる複数の企業で勤めた経験がありますが、やっぱり入社難易度が高い(いわゆる頭のいい人が多い)会社の方が、他人の悪口や陰口を言うことに時間を割いている人は少なく、さらに周りの人のために自分の仕事のコツを伝授できるような人が多かった印象です。
そう思うと、受験勉強を頑張って高難易度の学校に入学したり、就活を頑張って入社難易度の高い企業に就職することは、結果的に好ましい人に囲まれて自分にとって良い環境で過ごすことができる可能性が高くなるなあと改めて思いました。
私はどこかのタイミングでまた転職したいと思っていますが、前述のようなメリットを考えると、やっぱり今の仕事での成果を出しまくりつつ役立つ資格の勉強をしてより良い会社を目指して転職活動してやろうと言う気になってきてやる気が出てきました。(そんな話だったっけ)
では。